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アダルトグッズの歴史

 
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Last Update:2006/8/25 
 アダルトグッズの歴史

 
江戸時代以前
古代のアダルトグッズ

一説によると、アダルトグッズがはじめて日本に姿を現したのは、7世紀初頭の飛鳥時代
唐から遣唐使が持ち帰った大和朝廷に贈られた品々の中に、青銅製の張形が含まれていたという。

続く奈良時代に水牛の角で出来た張形が伝わり、その頃になるとわが国でも独自に張形が作られ始める。
但し、この時期の張形はアダルトグッズ的要素は少なく、むしろ儀礼や呪術などの祭事目的での装飾品と解釈されている。

よって、それら性具の製造・使用はもっぱら時の権力者の手に委ねられており、性具として一般庶民の目に触れるようになったのは、800年以上も後の江戸時代になってからである。


 
江戸時代
四ツ目屋

1626年(寛永3年)、江戸は両国薬研掘に四ツ目屋という性具秘薬の専門店が創業する。
四ツ目屋忠兵衛が創業主で、紋所が佐々木の四ツ目結びであった事からこの名がある。

四ツ目屋の店内は人の顔も見えないくらい薄暗く、人の気配もなくて客が声をかけて初めて店の者が奥から顔を出すといった有り様だったらしい。
けれども当時の庶民の話題になったことは確かで、以来長らく性具は四ツ目屋道具、秘薬は四ツ目屋薬と呼ばれていた。
なんと四ツ目屋の営業は明治終盤の頃まで続いていたと言うからその人気ぶりが良くわかる。

四ツ目道具の普及に多大な役割を果たしたのが、小間物屋だ。
行商人である彼らは、紅や白粉、爪楊枝などの細々とした物と一緒に性具を売り歩いた。
小物問屋が扱っていた性具には、四ツ目屋7道具なるものがあり、張形を始め兜形(張り型の一部)、鎧形(張り型の一部)、吾妻形、互形、助け舟、琳の玉、なまこの輪、肥後芋茎(ずいき)と多種多様に渡る。

◆張形
  木材や水牛の角でこしらえたディルドで中空であることが多い。
湯につけたり、湯に浸した綿を空洞部に入れて温めると、弾性に富んだ人肌の感触になった。
根元に紐がついたものもあり、このベルトタイプの張形は補助器具として腰に装着したり、またはマスターベーション用として足首に縛り付けたり布団に結んだりして使用していたらしい。
秀麗な細工をしたものや、べっ甲で作られて高級品もあった。

◆兜形
  古書によると「子を孕まぬための道具」だったらしい。
張形の一部分のような形状で、張形と同じくべっ甲や水牛の角で作られた。
指サックを半分に切ったような形状だと思えば想像出来るだろう。
亀頭にかぶせて使う。
今で云うコンドームのようなものだと考えられる。

◆吾妻形
  ラブホールの江戸版。薄いべっ甲製のものに穴が開いており、その穴にビロードの布や皮革を張ったもの。
刀の柄袋を裏返し、その内部にビロードを張ったものが主力商品だったとか。
蒲団を捲き込んだ中央に吾妻形を挿入して使ったと云われる。

◆互形(たがいがた)
  女二人で共同に使用するので「互形」と言う。
別名両首とも云う。張形の底と底をくっ付けたうなぎのような形状の双頭張形で、接続部に刀のつば状のものがはめてある。
大奥など男子禁制の奥女中達が好んで使ったと云われる。

◆助け舟
  老寄りが使用する事が多い為にこの名が付いた。
ペニスの胴体部分にはめ込むので鎧形とも云う。
肋骨のような形状で、べっ甲製や水牛製の品物で、今で云うサックの類である。
お湯で暖めて、そこに元気のない愚息を挟み込んで、コトに挑む。

◆琳の玉(りんのたま)
金属製の2個の玉で、女性器に挿入する責め道具。
挿入後、ピストン運動により2つの玉がぶつかり合ってリンリン音がするため琳の玉と云う。
数珠玉を繋いだような形状の男性器に装着する琳の輪というものもある。

◆なまこの輪
干したなまこで出来ている。
お湯に付けて軟らかくし、輪切りにして男性器にはめて用いる。

肥後ずいき

◆肥後芋茎(ひごずいき)
細川藩が徳川将軍家 への献上品に定め、参勤交代のお土産として持参した由緒ある逸品で、原材料は「ずいき芋」。
今でも民芸品店等で普通に売られている。こけしの原型と云える。
お湯に付けて軟らかくして使用する。

こうしてみると、現在出回っているアダルトグッズの大部分は、すでに江戸時代に考案されていたと推定することが出来る。

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明治時代〜現在

明治・大正・そして昭和初期、風紀を乱すという理由で、性具は1948年(昭和23年)の薬事法改正から厚生大臣の認可が必要となった。
そのためそれまで認可されていない性具は販売が不可能となり、そこで業者は張形に顔を彫り込んで「こけし」もしくは「人形」として販売を行なうこととなった。
性具セールスは、昭和31年の売春防止法公布と前後して、急速にシェアを拡大する。

イメージ画像

街頭販売や訪問販売から通販へと移行し、次いで30年代の半ばから40年代初めにかけて、大阪・東京に赤門、ABCといった木造バラックの販売店がオープン。
モーテルが建ち始めた昭和42年頃には、「おとなのおもちゃ」なる看板が全国いたるところで人目を引くようになる。

ショップの増加に伴い、グッズのほうも少しずつ進化をしていった。
中でも時代を画する出来事となったのが、電動バイブの発明だ。
30年代の半ばに日本初、つまり世界初のセルロイド製の電動バイブが発売される。
これはニューハニーペットと言い、ローターを細長くしたような万年筆タイプの小型バイブだった。(左図イメージ画像)

熊ん子

次いで昭和46年、実寸大電動バイブ第1号「熊ん子」が誕生、今日まで続くバイブブームの火付け役となる。しかしこの「熊ん子」民芸人形としての販売である。
性具ではなく「民芸郷土人形」と明記してあるという事に注目されたい。

その後のバイブの歩みは知っての通り。
くねり、スイング、IC制御などの機能が加えられたものが登場。
本体素材もセルロイド/プラスチックから塩化ビニール、シリコン、そしてエコロジー系素材エラストーマへと変わっていく。


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